目標に向けて頑張るということ

25年。実業団レース3連勝で勢いに乗るTeam NIPPO-COLNAGOのベテラン、真鍋和幸選手の競技歴だ。この長き年月に彼は何を感じ、何を得たのだろうか? その答えの根底にあるもの、それは目標に向けて努力を続けることの大切さだった。

真鍋和幸(Team NIPPO-COLNAGO)。劣等感が人一倍強かった少年は、考え、努力することで力を伸ばし、やがてオリンピックに出場するまでになった真鍋和幸(Team NIPPO-COLNAGO)。劣等感が人一倍強かった少年は、考え、努力することで力を伸ばし、やがてオリンピックに出場するまでになった 気が付けばサドルの上に25年....。我ながら随分と長い時間競技をやってきたものだ。

そんな私だが、実を言うと元々スポーツが得意な方では無かった。積極的にスポーツと向き合う少年時代を過ごした訳でも無く...。

スポーツを嗜むと言う意味でも、子供の頃から体力には自信が無かった。単に自転車と言う、在る意味「不思議な乗り物」に魅了されて始めた自転車ロードレース競技。今もなおプロの競技の選手としてこの世界に身を置いている現状は、誰よりもいちばん自分自身が驚いている。

そんな自分が体験した人生での転機は、高校2年の高校総体(島根県)県大会予選での優勝だった。
それまで何をやってもダメダメで、劣等感が人一倍強かった自分にとって、その小さな勝利で味わった、全身から噴き上げるような喜ばしい感覚は、その後の自分の人生にとって大きな影響を与えたのだった。

あの頃を振り返ると、弱いなりにも「考えて工夫し、目標に向けて真剣に努力すれば、いつかは成し遂げられる」という、人間の持つミラクルパワーだった。それを自ら体験してしまったのだからたまらなかったのだろう。

勢いづいてしまった「勘違い野郎」は、「向かう先々に恐いもの無し!」という、向こう見ず的な気持ちに酔っていたのかも知れない。その後も落ちてゆくように競技の世界に嵌まり込んで行った事は言うまでもない。

元々それほど身体が強靭な方ではなかったから、ほんの僅かな成長にさえ、過剰に反応し、それが生き甲斐にも感じるほど嬉しかったのだろう。

東日本ロードでペースアップする真鍋。全盛期より衰えたとは言え、長年培った勝負勘は鋭く、若手の力を凌ぐことさえある東日本ロードでペースアップする真鍋。全盛期より衰えたとは言え、長年培った勝負勘は鋭く、若手の力を凌ぐことさえある photo:Hideaki.TAKAGIそして少しづつではあるが、成長を続け、当時日本国内で超一流と言われていた選手とも互角に戦えるレベルまで成長することが出来た。

ただ、自分も若かった少年時代(成長期)は、ひたすらガムシャラに競技と向き合い、冷静に周りを見渡せた事は少なかったように思う。

自慢話では無いが、気が付けば2度に渡るアジア競技大会日本代表(広島(1994)&ツアー・オブ・タイランド(1998)、並びにオリンピック(1996 アトランタ)の代表選手となっていた。

スポーツが苦手だった四国の田舎少年は、たかが県大会での小さな勝利を発端に、生まれ変ったのだった。 出るレース、出るレース勝てない日々が続き、もう強い相手には一生勝てないんじゃ無いかと諦めかけた時期も長かった。

だがレースは決して才能に溢れる選手だけが勝つ訳ではない。必死に努力すればいつかは自分にもチャンスが廻って来るのだと、日夜信じて取り組んで来た。

鈴鹿国際ロードレース2009での一コマ。真鍋が今も日本トップクラスのレースで走れるのは不断の努力の賜物だ鈴鹿国際ロードレース2009での一コマ。真鍋が今も日本トップクラスのレースで走れるのは不断の努力の賜物だ Photo:Makoto Ayano
自転車通の皆さんなら誰でも知っている国内&海外のスター選手も、決して皆が皆、最初から強かった訳ではない。

高校生の頃「僕にはスピードが無いんです」と、ゴール勝負を諦めていた少年は、一つの遠征をきっかけにスプリンターに生まれ変わった。

またある選手は冬期の凄まじい筋トレによって、登ってモガける無敵のヒルクライマーとなった。

リーダージャージを登りで失ってしまった日本を代表するスプリンターは、その悔しさから、いくつもの峠で猛特訓に明け暮れ、山岳コースもこなせるスプリンターに生まれ変わった。

一流と言われている選手達にとっても、先ず高い目標を持つ事は重要だ。「そうありたい」という夢と強い信念を抱き、必死に努力する姿勢こそが人を魅了する。そういった初歩段階での基本姿勢が、ゆくゆく成長が行き詰まる二流選手との違いだと感じる。

そんな誰しもが目標とする超一流選手の姿勢から学び取る事は実に多い。私もかなり影響を受けた選手の一人だった。

「やれば出来る。成せば成る」というありふれた言葉が、自分自身にとってエネルギーの源だった。

真鍋(写真右前)は合宿でも自らの経験を惜しまず後輩に伝えていく真鍋(写真右前)は合宿でも自らの経験を惜しまず後輩に伝えていく Photo:Makoto AYANO最近になってつくづく思うのは、「超・一流」の選手になるには生れつき優れた才能と努力が必要だが、「一流」だけなら、考えようや研究や努力だけでどうにかなるのではないかということ。

最近は若手を指導する機会も多いが、それぞれの選手がそういった感覚を養う事は最も大切な事だと今でも思っている。
実行に移す前に「無理だ」と思ったり、諦めてえしまっては何も手に入らない。諦めずに、夢を抱きながら、ひたすらガムシャラな気持ちで突進する事が大切だ。
その目標や夢は、意外と身の回りに潜んでいたりする。

動物の中でも、人間だけが持つ「スペシャルな底知れない人力」に気付くことができた事は収穫だった、それが長年競技を続けてきた中で自分自身の1番大きく大切な宝物だと思っている。

歳をとった今の自分には、既に以前のようなパワーは無く、一流と言われるだけの力は無い。しかし、人が夢や目標に向け大きく変わりゆく生き様を、自分自身で体験できた事、それが長年競技を続けてきた中で1番大きな財産だと思っている。

Team NIPPO-COLNAGOのメンバーとともに(左から2番目が真鍋)Team NIPPO-COLNAGOのメンバーとともに(左から2番目が真鍋) Photo:Makoto Ayano

プロフィール
真鍋和幸 まなべかずゆき
1970年生 39歳
「Team NIPPO COLNAGO」のベテランレーサー。1996年「アトランタオリンピック」代表。2000年「3DAY熊野(現ツール・ド・熊野)」総合優勝。年齢を感じさせないアグレッシブなライディングで、若手選手の模範となる存在。現在は地元・香川県で自転車イベントのプロデュースなども手がけ、精力的に活動している。

「Team NIPPO COLNAGO」公式サイト
Panaracer バリアントEVO3 PT
「Team NIPPO COLNAGO」の実業団TRレース3連勝に貢献したオールラウンドレーシングタイヤ。アップダウンが激しくコース難易度が非常に高い「大町美麻ロード」でも威力を発揮し、佐野淳哉選手の完全優勝に貢献した。

700×23C/230g
700×25C/260g
ブラックサイド、レッドサイド
注)重量は平均重量のため実際の製品重量とは多少の誤差があります。

税込参考価格:5660円
Panaracerサポート選手の注目リザルト 2009年8月-9月前半
ツール・ド・北海道 EQA・梅丹本舗・グラファイトデザインがステージ2勝、3賞独占
宮澤崇史選手 第1、第2ステージ優勝、総合優勝、ポイント賞
清水都貴選手 山岳賞
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アジア選手権ロードレース 5位
佐野淳哉選手(NIPPOコルナゴ)
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Jサイクルツアー第8戦 大町美麻ロード 第1、第2ステージ優勝 & 総合優勝
佐野淳哉選手(NIPPOコルナゴ)
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シャトールー・クラシック 10位
宮澤崇史選手(EQA・梅丹本舗・グラファイトデザイン)
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全日本実業団対抗サイクルロードレース大会 FRクラス 優勝
CHISAKO選手(宇都宮ブリッツェン)
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全日本実業団対抗サイクルロードレース大会 TRクラス 優勝 & 3位
優勝 マリウス・ヴィズィアック選手(NIPPOコルナゴ)
3位 辻善光選手(マトリックスパワータグ・コラテック)
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トライアスロン 2009トライアスロン伊良湖大会 Aタイプ 優勝
谷新吾選手(4年連続・8度目)
提供:パナソニック ポリテクノロジー株式会社