房総の長閑な田園地帯を縫って走る、ローカルなディーゼル列車。昭和の雰囲気を色濃く残す人気の小湊鉄道に自転車を載せ、房総をサイクリングするローカルイベント「アートミックス×サイクルトレイン」におじゃましてみた。



直接自転車を列車に持ち込むことができる。ホームへは線路を跨いで入るのだ直接自転車を列車に持ち込むことができる。ホームへは線路を跨いで入るのだ 「ガラガラガラ、カラカラカラカラ……」五井駅の構内に響き渡る、古いディーゼルカー特有のエンジン音。近代的な電車が発着するJR内房線ホームとは対照的に、五井駅の4番線ホームには、クリームと朱色に塗り分けられた1両編成のディーゼルカーが我々の到着を待っていた。

ガタゴト揺れる車内でしばしの列車旅。昭和の香りが漂うガタゴト揺れる車内でしばしの列車旅。昭和の香りが漂う 自動改札も、発車案内の電光掲示板も、発車メロディーも無い。あるのは今では珍しくなったホーロー製の駅名看板と、ホームの手洗い場、そして辺りを包むローカルな空気。そんな昭和の鉄道風情を色濃く残す五井駅が、KSインターナショナル(以下KSI)が運営するサイクリングイベント「アートミックス×サイクルトレイン」のスタート地点だ。

上総牛久駅に到着。ここから中房総サイクリングが始まる上総牛久駅に到着。ここから中房総サイクリングが始まる 今回開催された「アートミックス×サイクルトレイン」は、KSIが運営するサイクルイベントシリーズの一環として位置づけられた大会だ。KSIでは2007年に富津市内で行われた耐久レースを皮切りに、「Bo-So-ツーリング」や「Bo-So-センチュリーライド」など、多くのローカルイベントを運営し、房総の魅力的な環境を広める活動を行ってきた。(KSIの活動について触れた記事はこちらから参照頂きたい)

五井駅と上総中野間を結ぶ小湊鉄道では、2010年から追加料金無しで自転車をそのまま車内に持ち込めるサイクルトレインを定期的に運行しており、これとKSIの初心者向けサイクリングツアーがコラボレーションしたというワケ。

ツアーでは五井駅から上総牛久(かずさうしく)駅まで列車旅を楽しみ、そこから各地を経由して五井駅までサイクリングするというコースを辿る。走行距離は60kmほどだ。

ちなみに五井駅への入場は、ツアーの参加者のみ小湊鉄道の敷地内から線路を渡ってホームに入れるため、自転車を持って階段を渡る煩わしさが無い。このツアーのグッドポイントだ。

ちょっとした勾配のある林道を走る参加者。少しキツかったかも?ちょっとした勾配のある林道を走る参加者。少しキツかったかも? 小さな峠の頂上で一休み。マイペースで登る参加者を皆で待ちます小さな峠の頂上で一休み。マイペースで登る参加者を皆で待ちます

緑の壁にぽっかりと空いた、小さな小さな素掘り隧道。周囲には無数にあって、これを巡るのも楽しい緑の壁にぽっかりと空いた、小さな小さな素掘り隧道。周囲には無数にあって、これを巡るのも楽しい
私たちを乗せた1963年生まれのキハ200は、これまた懐かしい発車ベルの音色で五井駅を出発。昔の車両独特のギコギコとした揺れを伴いながら、のんびりガタゴトと田園風景の中を進んでいく。今回のツアー参加者はわずか10名ほど。そのほとんどが自転車を買ったばかりの初心者さんで、ビンディングペダル率は半分ぐらい。皆さんとのおしゃべりを楽しみつつ、30分ほどで列車は上総中野駅に到着した。

飯給駅に隣接された「世界一(敷地が)大きいトイレ」。個人的にはとても微妙(笑)飯給駅に隣接された「世界一(敷地が)大きいトイレ」。個人的にはとても微妙(笑) 参加作家を招いて地中からラジオを放送する「モグラTV_生放送」。作者がモグラになってます(笑)参加作家を招いて地中からラジオを放送する「モグラTV_生放送」。作者がモグラになってます(笑) ちなみに「アートミックス×サイクルトレイン」の、「アートミックス」とは何ぞや?という方も多いだろう。これは市原市が2ヶ月限定で開催している、「中房総国際芸術祭いちはらアート×ミックス」のこと。期間中、市内のあちこちには様々なアーティストが作成した計66もの作品が点在し、それらを巡って楽しむという新しいスタイルの芸術祭だ。

今回のサイクリングイベントは、そんな作品数カ所を見て回り、期間限定でオープンする食堂でのランチを楽しむというちょっとユニークな趣向が凝らされている。単に風景の良いところを走るだけではない、アトラクション(?)盛りだくさんのイベントだ。

上総牛久駅から自転車を降ろした一行は、簡単なブリーフィングを経て出発。ほぼ全員が初心者さんなので、ペースはゆっくり。バラバラにならない、ほど良い速度で一足早い初夏が訪れている房総の田舎道を進んでいく。

ちなみに取材に訪れた私は千葉県出身なので、このエリアは勝手知ったる場所ばかり。でもそんな「地元のサイクリストしか知らない良い道」を、絶妙な構成で繋いでいくのがKSIのツーリングイベントだ。単にマップを開いただけでは知り得ないような林道も通れば、川岸を走る作業道もしかり。それこそ目をつむっても走れるほどに熟知している私でも、これは良いね、と思うほどの好ルートなのだ。

ちなみに個人的に書かせてもらうと、このエリアのおすすめサイクリングスポットは、林道に据え付けられた小さな素掘り隧道だ。地質の良い房総には50〜100年前に掘られた隧道がそのまま残っていて、手掘りらしくその形や大きさも様々でとても面白い。自転車で通過すれば子供の頃にわくわくした「秘密基地感」を味わえること間違い無しだし、ほんの小さなトンネル記号を地図で探すのも楽しいのだ。

「森ラジオ」作者の木村崇人さん。作品を通して森の大切さを知ってほしいと言う「森ラジオ」作者の木村崇人さん。作品を通して森の大切さを知ってほしいと言う 月崎駅横の「森ラジオ」は、周辺の森とを繋ぐ不思議な作品月崎駅横の「森ラジオ」は、周辺の森とを繋ぐ不思議な作品


さて、少し汗ばむほどの快適な気候の中、車列はいくつかの「アートミックスポイント」を巡っていく。高滝湖に浮かぶ忽然と浮かぶ飛行機のオブジェや、作家自らがモグラに扮して地中からラジオ生放送する謎の「モグラTV_生放送」、飯給(いたぶ)駅の「(敷地が)世界一大きなトイレ」…。なんだか?マークが付くような作品もあるのだが、とにかくバラエティーに富んでいて、単純に笑える作品もあれば、じっと見入ることのできるような作品もあって面白い。

それに加えて、アートミックス期間中にはいくつかの食堂も限定オープンしている。小湊鉄道の上総牛久、里見、養老渓谷という各駅では特色を凝らした「わっぱべんとう」が食べられるし、地元の食材を使った「季節のまぜご飯」もある。(ちなみにこれらは"なっぱすごろく"という作品の一つだ)

「山登里(やまどり)食堂」の猪カレーライス。クセが無く、本当に美味しかった「山登里(やまどり)食堂」の猪カレーライス。クセが無く、本当に美味しかった 家族連れで芸術祭を見に来ている方もとても多かった家族連れで芸術祭を見に来ている方もとても多かった

途中の道の駅でジェラート休憩を。とても美味しくてオススメ!途中の道の駅でジェラート休憩を。とても美味しくてオススメ! 「山覚俵家」のまぜごはん。地元の食材を使った料理でおもてなししてくれる「山覚俵家」のまぜごはん。地元の食材を使った料理でおもてなししてくれる


作品を巡ってお腹の空いた我々一行は、「山登里(やまどり)食堂」に滑り込み、猪カレーをチョイス。しっかりと煮込んだ猪肉はクセが無くて柔らかく、スパイスの効いたカレーと相性抜群でした。他に米粉団子のお茶屋さんもあるので、気になる方は是非今週末にどうでしょう。(最終日は5/11)目で見て、体験して、味覚でも楽しめる芸術祭なのだ。(公式サイト→ http://ichihara-artmix.jp/

一方、お腹を満たした我々は、特に急ぐでもなく、かといってゆったり過ぎでもなく、交通量の多い(それでも都会よりは少ないけれど)道を脇にそれてゴールを目指す。たっぷりと時間を使って、午後3時半に五井駅へと到着した。

野焼きの煙を浴びつつ走る。田舎ならではの光景だ野焼きの煙を浴びつつ走る。田舎ならではの光景だ 田んぼの脇道を縫ってゴールを目指していく田んぼの脇道を縫ってゴールを目指していく 他よりも一足早く田植えの終わった水田を横目に走る他よりも一足早く田植えの終わった水田を横目に走る


距離や難易度は全くハードなものではないが、参加した初心者さんにとっては走り応えも十分だっただろう。KSIのビギナー向けイベントは、自転車の楽しみ方のみならず、房総の自然やグルメなどスキルアップした後にも役立つことを学べる有意義なイベントだと思う。

全員無事に完走!ビギナーさんにはちょうど良い距離だったのでは?全員無事に完走!ビギナーさんにはちょうど良い距離だったのでは? アートミックスそのものが期間限定イベントであるため、これに絡めたツーリングイベントは取材した回が最後。でもサイクルトレインを使ったイベントは毎月1回開催され、より長い距離を走たい方には「BOSOツーリング」もある。

都心からアクアラインを渡るまで1時間弱、そこから走りやすいエリアまでは30分ほど。そんな身近な存在である房総で開催されるこれらイベントは、房総の魅力を知る絶好の機会だ。特にスポーツ自転車を始めたばかりの方は、一度参加してみると良いかもしれない。

text&photo:So.Isobe