新型スペシャライズドTarmac SL8 を嬬恋高原でテストライド。「もっとも軽く、もっともエアロ」「すべてを制する一台」を標榜する話題のマシンは果たして世界最速なのか? ファーストインプレッションをお届けする。



スペシャライズドTarmac SL8 photo:Kenta Onoguchi

新型Tarmac SL8のメディア向け発表試乗会は発表解禁日のちょうど1週間前、7月31日に嬬恋高原の嬬恋プリンスホテルで開催された。すでに噂は流れていたし、スーダル・クイックステップのチームピットで撮られたリーク画像なども目にしていたため、発表自体は驚きではなかった。そして発表会場に陳列された実車を見ても、あまりインパクトが無く、何が変わったのだろう?マイナーチェンジなのだろうか、とさえ思った。その後のプレゼンテーションを聞くまでは。

前にせり出したノーズコーンが空気を切り裂く役割を担う photo:Kenta Onoguchi

はっきり言ってビジュアル的なインパクトは小さい。外観の変化で言えば特徴的なのはヘッド部が大きく前に伸びるように張り出し、フォークの付け根がえぐられていること。この突き出したヘッドの形状はピナレロのDOGMAなどが先鞭をつけたもののように思えたし、フレーム先端のボリュームは増えているものの、インパクトが少ないのは他のチューブがすべてボリュームダウンしている「見た目」からくるものだろう。

ノーズコーン後方に位置するステアリングコラムにあわせ、フォーククラウン部も後方に位置する photo:Kenta Onoguchi
ハンドルを切った状態でノーズコーンの突き出し具合がわかる photo:Kenta Onoguchi



この「ノーズコーン」と呼ぶ形状、発表では「ヘッドチューブ幅を決めるステアラーを、極端に前に突き出たノーズコーンの後方に移設した」とのことだが、ジオメトリーはSL7と同じであることから判断するに「ヘッドチューブの先端を前方向に延長した」というのがおそらく正しいだろう。Fフォーク上部のせり出しはヘッドチューブ前端に合わせたデザインであり、フォークブレードを細く保つためにできた形状だと思われる。

前にせり出したノーズコーンとケーブル内蔵システムを組み込んだヘッドベアリング photo:Kenta Onoguchi

Rapide一体型ハンドルの裏側・ケーブルは完全内装ではない photo:Kenta Onoguchi
別体式ステムを用いた場合のケーブルルーティング。スペーサーも一体型ハンドルとは別のものになる photo:Kenta Onoguchi



この前への突出部はケーブルルーティングにはあまり関与していない(ケーブルを収めるためのスペースではない)ようで、単に空気抵抗を削減するためにヘッド先端の鋭さを生み出す形状とのことだった。しかしヘッドベアリング内側に収められたケーブルガイド小物はスマートで、かつヘッドに内蔵されるケーブルの収まるスペースにも余裕が出ることになるので、どちらにしても都合は良さそうだ。

電動シフト専用フレームだが、ブレーキホースを長めにすることもできるだろう(ブレーキレバーの取り付け位置変更などがしやすくなる)。ちなみに別体式ハンドルとステムで組む場合はコラムスペーサーもRapideハンドルとは別のものを使用することになる。

ダウンチューブは細く、エアロバイクの特徴は態(なり)を潜めた photo:Kenta Onoguchi

ダウンチューブはエアロ形状とは言えないほどおとなしい形状と細さで、他の細部も見回してみると、チェーンステイやシートステイはAethos(エートス)のような細さだ。フィンのようなエアロ形状でインパクトがあったSL7のシートチューブ接合部も、心もとなくなるほど細く華奢な形状にボリュームダウンしている。極端な言い方をすれば「頭でっかち、下半身痩せ」のようなデザインだ。

ただしリーク画像から「コブダイ」と呼ばれていたほどではなく、フォルム的には受け入れられるスタイリッシュさだと感じた。プレゼンを聞いた限り、見た目(つまりルックス)を優先的に求めてデザインされた部位はほとんど無さそうに感じた。

ノーズコーンのボリュームに比べメインフレームは細身のボリュームとなる photo:Kenta Onoguchi

シートポスト(ピラー)も薄い。SL8のシートチューブがちょうどSL7のシートポストと同じサイズになっているというから、そのシェイプアップ具合が実感できるだろうか。

薄いシートピラー。シートチューブがSL7のシートピラーの厚みと同じだ photo:Kenta Onoguchi

SL8のエアロ形状はかなり割り切ったデザインプロセスを経て決定されたようだ。F1で活用されるフロービズを用い、風を実際に受けている部分を重点的にエアロ化したという。技術者曰く、ダウンチューブの形状は空気抵抗にそれほど大きな影響を及ぼさないためブレード形状にする必要はなく、ましてペダリングとチェーンホイールやペダルの回転によって空気の流れが掻き乱されるBB周辺もエアロチューブにする必要はなく、ならば重量を削減するために無駄を削ぎ落としたほうがメリットが有る、という。だからシートチューブのBB周辺からチェーンステイはAethosのような丸形状パイプになっているとのことだ。

形状こそSL7に似るがAethosに通じる細身となったリアトライアングル photo:Kenta Onoguchi

そこにあるのは「見せかけのエアロ形状を廃する」という主張だ。「平たい翼型断面のダウンチューブとシートチューブは、空力性能に優れていそうに見えるが、乱流に囲まれるため、空力的な効果はあまり見込めず、それどころか重量を増やし、乗り心地を大きく損ねる。そのため風洞実験では空力性能にわずかに優れる結果が得られても、実際の走行では遅い」という。

細身の丸形状ダウンチューブ。じつはエアロ効果を大きくは左右しないという photo:Kenta Onoguchi
Aethosにも通じる細身の丸形状パイプで構成されたBB周辺 photo:Kenta Onoguchi



ところがデータを元にすればこのSL8はVengeを凌ぐエアロダイナミクスを達成しており、もっともエアロであると言う。「じゃぁ今までのエアロバイクはなんだったんだ」と言いたくなるもの。以上が外観を見てのインプレッション(印象)なのだが、スペシャライズドはもっともエアロに優れるというデータを数値で出しているという。そしてワールドツアーを戦うチームの乗る他社のバイクのすべてを購入し、比較実験を行ったという。それらの点は信じるしかないが、自社で風洞実験施設をもつスペシャライズドなら容易に実験できることでもある。

SL8、SL7、Aethos、Vengeの登坂性能、軽量性、反応性、快適性、平坦スピードの各性能のレーダーチャート

次は重量について。手に持った感じは、軽い。前51mm・後ろ65mmハイト、ペア重量1,520gのRoval Rapide CLX IIホイールが装着された状態で(もっと軽いホイールが他にある)、その軽さは感動的(これは数値で表せるもので感想を述べても意味が無いが)。S-Works完成車に標準装備のRapide Cockpitは同社の別体式ステム&ハンドルより50g軽い。とはいえまだ軽くする余地はあるが、むしろUCIレースに出る選手ならUCI規定の6.8kgを下回らないように気を配る必要があり、ワールドツアーレースなら選手たちがアクションカムを取り付けることに躊躇が無くなるという。

車重の軽さでクライミングは快調だ。セッティング次第でまだ軽くできる photo:Kenta Onoguchi

乗ってみてはどうか。まず剛性感としては十分以上、と言うより最軽量バイクであることの脆さのようなものは一切感じ取ることができなかった。むしろ剛性は非常に高く、ガッチリとしている。フィーリングやキャラクターはTarmacSL7からほぼ共通で、変わる点は感じ取れなかった。

S-Worksに搭載されるRoval Rapide Cockpit photo:Kenta Onoguchi

一体型ハンドルのRapide Cockpitがさらに高い剛性を感じさせてくれ、撓みやしなりといったものを感じることはなかった。ハンドリングや操作性は非常にクイック。この点も俊敏なTarmacを引き継いでいる。フロー傾向が強い51mm+60mmハイトのディープリムホイールを履いてこれなのだから、ALPINISTホイールを履けばさらに俊敏な動きになるのだろう。

コンプライアンス(柔軟性)は6%向上しているとのことで、スムーズな乗り心地やトラクションの掛かりの良さも期待できるところ。試乗コースの大部分は非常に荒れた路面の林道だったが、かなり突き上げや振動を拾ってしまった。荒れすぎた路面でもFフォークのビビりも出ず、縦方向にも柔軟と言うよりはかなり硬めの仕上がりだと感じた。

ダンシングで強いペダル入力をしてもBB周辺はしならず、反応性が高い photo:Kenta Onoguchi

ただし今回の試乗車の足回りは26Cクリンチャータイヤの状態(完成車仕様)だったため、普段からチューブレスで28C以上のタイヤを低圧で使う「最近の流行」に乗っている自分にとっては、5.5気圧以上の空気圧で使うクリンチャーではあまりに条件が違いすぎ、違いはうまく把握できなかった。マイホイールの用意もあったのだが時間切れで試せなかったため、次回のライドで確かめたい。

とはいえ、クライミングの軽快さは十分に感じ取ることができた。Aethos的なパイプの細さ、とくにチェーンステイの形状や華奢さから、ついBB周辺がしなるイメージをもってしまうが、自分のパワーではまったくそれは無く、むしろペダリングパワーをすべて変換するような硬さがあると感じる。カリカリと反応する乗り味はトップレースバイク。ファビオ・ヤコブセンやサム・ベネットらスプリンターが開発に寄与したというから、BBが撓むようでは話にならないだろう。

ローリングコースでエアロ性能を試す photo:Kenta Onoguchi

とにかくフレーム重量685gという軽さからくるイメージに反して、有り余るほどの十分な剛性感がある。エアロフレームにありがちな大口径の角ばったチューブ形状から感じることがある「振動にも角がある、高周波になる」ような感触は無く、チューブ形状のごとく振動が丸められ収束している感じは確かにあるのが好印象だ。ただしそれはAethosのマイルドさには遠く及ばない。

今回のテストコースが一般の目に触れる危機がある公道を避けたもので、平坦路を淡々と走るような状況がとれず、アップダウンの厳しい林道でのテストであったため、巡航性を十分に試せず、エアロ効果については優れているのかどうか、いまひとつ試せない状況だった。この点も次回のテストで色々と条件を揃えて試してみたいところだ。

坂を駆け上がるような走りは得意だ。重量の軽さがそれに拍車をかける photo:Kenta Onoguchi

不満を感じたのは筆者の乗ったサイズが49で、その下が44。希望を言えばその中間の46付近のサイズが個人的にベストなのだが、それが無いこと。この点は小柄な日本人の「少なくない要望」として、サイズ刻みが細かいイタリアンブランドに習って欲しいと思う。

セットされた一体型ハンドルのRapide Cockpitは形状も好みで、最近のエアロ的なレバーセッティングにも対応しているように思えた。単品販売では幅もステム長もサイズが細かく揃うが、完成車販売の場合はフレームサイズに合わせた固定サイズになる。49サイズでハンドル380mm、ステム長75mm相当だった。ステム長はやや短めか。完成車であってもサイズを自由に選べればベストなのだが。

また一体型ハンドルは別体式に比べてステム下がり角がやや前傾の深いアグレッシブなものになるようなので、プロショップでRETUL Fitで測定して慎重に決めたい。こうした点もスペシャライズドのバイクを購入する際のメリットだろう。

Roval一体型ハンドルの硬さも相当なもの。49サイズでハンドル380、ステム長75mm相当だ photo:Kenta Onoguchi

セカンドグレードのスペックをみても、フレーム重量780gはS-Works SL7より20g軽量に仕上がっており、もはやSL7の立場を否定するほどの進化を遂げている。あとはレースのリザルトでその優秀さを証明するだけだろう。

「エアロなだけ、あるいは軽いだけではレースに勝てない。速さが重要だ」とスペシャライズドは言う。現在ワールドツアーチームにバイクを供給するブランドでもエアロバイクと軽量バイクを造り分ける場合と、融合させて一台にまとめる場合と、それぞれの考え方に差が生じているのは実情だが、最近は一台にまとめる流れから、再び造り分ける流れに傾いてきているように思える。ファンの間には名車Vengeの復活を期待する声は常にあったが、スペシャライズドは今回の発表でVenge復活の可能性を改めて否定したようにもとれる。

「すべてを制する一台」「世界最速のレースバイク」という謳い文句。そして「それを証明するデータを保持している」とまで言われれば、ついテストは「粗探し」になってしまうが、欠点という欠点は探し出せない。天候の悪化により発表会での試乗の時間が圧縮されてしまったのが残念なところだが、試乗インプレッションとしては非常に好印象だった。SL7と同時に乗り比べできれば、その差はより感じ取れるかもしれない。

世界選手権ロード2023 アタックを繰り返したレムコ・エヴェネプール(ベルギー)だったが連覇はならず photo:CorVos

発表のタイミングは世界選手権ロード開催直前だったため、レムコ・エヴェネエプールやジュリアン・アラフィリップらスペシャライズドがサポートするプロチームに所属する選手たちがグラスゴーでのレースでSL8を駆ることになった。男子エリートレースでは2選手含めサポートライダーたちは不振に終わり、プロモーション上の最大ブーストをかけられなかったのはスペシャライズド的には残念だろう。女子エリートに期待をつなぐことになる。

また価格設定の面ではSL7よりアップ。しかし「このご時世、日本人が買いやすい値段にした」とスペシャライズド日本法人は言う。この点は発表された米国との価格差をみても良心的な値付けだと感じる。

impression&text:Makoto.AYANO
photo:Kenta Onoguchi

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